瞬間の美学

 

日々の面白というのは大変によわい立場にあります。というのも、面白とは、それを面白として認識する人がいてはじめて面白なのであって、誰にも認知されないでただただ光り輝く天然自然の面白というのは存在しえないからです。
一瞬一瞬というのは本当に一瞬で通りすぎてしまうので、よく目を凝らしていないと日々の面白は誰にも気づかれずに消えていくことになります。いや、消えさえもしない。なかったことになるのです。誰かが見てさえいれば立派な面白だったものが存在をゆるされず、なかったことになる。そんなのはあんまりだと思います。
  
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僕のなかで断片的なものに対する嗜好がつよまってきた。
たとえば映画を見るとき。物語や世界観の一貫性を当然のこととして要求する一方で、うつくしい断片、一瞬のきらめきのようなカットのほうを意識して求めるようになってきた。映画に期待することも、感動の涙やド派手なスペクタクルから、一瞬のきらめきのほうにシフトしてきた。俳優の見せる表情、画面の構図、切り替わりのタイミング、そういう瞬間的な感覚の連なりとしての映画を楽しみたいと思うようになった。物語の解釈で映画を見るというよりは、一瞬一瞬の印象で映画を見るということをするようになった。映画の楽しみ方というのはそれこそ人それぞれのものであってどれが正解というものではないし、どれかひとつを選ぶというものでもない。もちろん、印象で映画を見るからといって解釈を不要とするわけではない。反対に、論理的に映画を分析するという嗜好の人にとって印象が不要とも思わない。どちらに力点をおくか、あるいはどちらをより意識するかということである。それは個人のスタンスにもよるし、見る映画にもよる。
 
「断片的なものの社会学」という本は印象の集積である。著者の岸政彦はこの本で断片に視点をあわせている。解釈以前のものがただそこにあるということを認めていて、そこからスタートする。そこからスタートして、そこにゴールする。ようするにそこから動こうとしないのだが、それがこの本の特徴的なところで、もっとも刺激的なところだ。
愛犬に対する彼の眼差しは信用に足るものだと思う。彼自身は犬ではないという当たり前のことから出発して、彼は愛犬を愛している。一方で、べつの仕方での犬との関わり方、べつの犬の愛し方を同じこの本に書いてもいる。岸は言葉を呑み込む瞬間を感じ続けてきたのだろう。ぐっと呑み込まざるを得なかった言葉以前のもの、言葉の断片がこの本ではそれぞれ輝いている。それは岸本人のものであり、岸が出会ってきた他人のものである。
 解釈するというのは、そこにある問題を自分自身のものとして引き受けることである。そこにある問題というのはそこ特有のものだ。それを元ある場所から別の場所にうつすとき、どうしても変わる部分というのが出てくる。こぼれおちるものもあれば変容するものもある。ズタズタに切り裂いて、組み替えるということもできる。そういうことをしたくないと思って細心の注意を払ったとしても微妙な変化を避けることはできない。記号のように、それが特定の意味しか表さないのであれば心配はいらないのだが、断片的なものというのははっきりした意味を持つものではないので、基本的には解釈する側の恣意性による他ない。解釈する側は恣意的な解釈に陥らないように文脈を持ち出したり、断片を流れのなかに組み込んだりする。それは断片的なものを正当に取り扱おうという試みである。それでも、断片的なものを見ることとそれについて何かを言うことの間には埋めがたい溝がある。ただ見るようなスタンスで断片について書くこと、それを言葉で言い表そうとすることは、読み手に伝えようとするやり方でできることではない。たとえば僕が世界で一番美しいと思ったキスシーンがあったとして、そのシーンの美しさを説明できる言葉を僕は持っていない。だから、あの映画は世界で一番美しいキスシーンがあって最高でした、と言うしかない。それはその映画を見ないかぎりは伝わらない部分だ。キスシーンというのは共通の土台がある分、まだわかりやすい。僕は川が流れるのを見るのが好きなのだが、その良さをうまく説明できたためしがない。大量の水が一定の方向に一定のスピードで滞ることなく動いていく様子と、その様子の内部、細かい一部分でイレギュラー的に水がはね飛んだりすることが同時的に起こり、いつまでも続いていく感じが好きなのだが、その感じもその感じがたまらないと思って好きな気持ちも、たぶん伝わらないだろうと思う。その上、それだけのために川の流れを見るのが好きというわけでもない。川の立てる音も好きだし、タイミングよくあらわれる水鳥も好きだ。こうやって書いてみると、なんとなく嫌な気持ちになる。僕はただ川が流れるのをたまに見ていたくなるだけなんだ。
 
これは自分だけの一瞬だ、という一瞬を持つことを目指してやっていく。断片的なものを認められる目がないと、その目指すということさえままならないのではないか、というような気がする。目指そうとする人にとって、「断片的なものの社会学」はひとつの羅針盤になるかもしれないのでおすすめだ。目指さない人にも、ひとつのものの見方を感じられて、そのことによって自分の興味関心について別角度から考えるきっかけになるのでは?と思っておすすめです。
何かおすすめしようとすると、どうも一般的なことしか言えずに歯がゆい。僕が思ういい本はその良さをうまく伝えられない場合がほとんどなのでむずかしいんだけど、ようするに僕が好きな人に読んでほしい本です。ぜひ買って読んでください。1600円ぐらいの本で2時間ぐらいで読めるので、映画館で映画を見ると思って。超面白い映画だと思って。
 

 

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学