前進だけが能じゃない

 

今回は一番言いたいことを書こうと思う。

 

前進」について。

気づいたのだけど、僕の周りには前進することが必要だと思って日々生きている人たちがたくさんいる。前へ進むことを規律として自分に課している人たち。彼らは習慣の力も借りているのだろうが、当然のことのように前へ進もうとする。前向きであろうとする。僕はそれがすごいことだと思っている。

 

前進には2パターンあると思う。

・目標を決めてそれに向かっていくというのがひとつ。

・流れに沿って進むのがもうひとつ。

これらの前進はちがった方向を示すこともある。流れに逆らわないと達成できない目標もあるだろうし、目標を修正しないと流れを見失うこともあるだろう。

いわゆる普通の人ほど、これらの前進を使い分けている。数が多いから目立たないけれど、僕が前進についてすごいと思うことのひとつだ。モードをこまめに切り替えて自分なりのコース取りで前進を続けるバランス感覚。

たいした目標もなく、ということが謙遜として言われるが、たいした目標でもないもののために流れを無視したり、時にはそれに抗ったりすることができるのはやはりすごいことだと思う。さらに、目標に向かったあとにはさりげなく流れに復帰できるのもすごいことだ。

僕は流れに逆らうのをなにか大層なことに考えてしまいがちだ。

流れをキープするために費やす労力を無いものとする以上は流れに背を向けないといけない、それだけ一心に目標に向かわないといけない、そうするに足るだけの目標を持たなければならない、そして一度目標を持ったら流れと対決しなければならない、というように勝手にハードルを上げて上げて、二者択一の一人相撲を取ってしまう傾向がかなりある。

ようするにふたつの前進モードの切替がスムーズにいかない。首尾一貫することが必要だと刷り込まれているのかもしれない。二者択一も首尾一貫も自分らしくない言葉だと「考えて」いるのだけど。

 

 

"Don't think feel. It's like a finger pointing away to the moon."

 

"Don't think. FEEL!"という男の子には有名な一節がある。日本語で「考えるな感じろ」。僕はこの言葉が嫌いだった。いやお前は考えろよという奴にかぎって「フィーール!」と叫んでいるような印象があった。「フィーール!」はブルース・リーのものまねというよりそういう連中のものまねとして可笑しみを発揮していたように思う。

僕なりに訳せばちょっとちがって、「感じるように考えろ」ということになる。「考えるな」というのではやはり抵抗がある。そこで言葉をありのまま受け取るのではなく、少しかたちを整えて飲み込みやすくしてから「フィーール!」について思いを馳せた。そうするとそれまで嫌いだった言葉が逆にしっくりくるようになった。

感じるように考えること、つまり「感情的な思考」というのは賢そうな人によく揶揄され、馬鹿にされるような概念として可笑しみの対象になっているけれど、僕は「感情的な思考」というのはあらゆる思考の中でも至高のものだと思う。「修辞的な感情」と「感情的な思考」にはコインのうらとおもてのように切っても切れない関係があるのではないかと思うのだ。

僕の好きな言葉に「ぜったい多分」というのがある。こんな言葉はいわゆる頭のいい人はぜったい多分使わないだろうけど、感情と理性がせめぎ合って、それでも説得したいという気持ちにあふれている、緊迫感の中にもどこか可笑しみを感じさせる言葉だと思う。あと、口語表現である。会話表現といったほうが適切かもしれない。会話というのは「感情的な思考」ないし「修辞的な感情」が活躍する場でもある。

 

前進がすごいと思うのは、前進するということが「感情的な思考」を駆使して行われているというところだ。感情は前進しない、思考も前進しない。感情的な思考が前進する。

 

僕の考えでは、皆もっと前進することをすごいと思ったほうがいい。前進している自分を褒めた方がいい。これはとても大事なことだと思うのだけど、僕たちはべつに前進しなくてもいいのだ、じつは。たぶんあまり知られてないことだと思う。

だから前進することはすごい。前向きでいようとすることはすごい。

進んだ距離の問題ではないと思う。立ち止まれないのではなく、立ち止まれるのに立ち止まらないのがすごい。立ち止まってももう一度前進し始めるのがすごい。

すごくなくてもいい、立ち止まったままでもかまわない。回遊魚は前進していないと死ぬけど、僕たちは前進しなくても死なない。死ななければそれでいい。回遊魚だって前進をやめても死なないとすればあえて前進しようとはしないだろう。

 

やらなくてもいいことをあえてやろうとするところに前進のすごいところがあると思う。しかも当然のこととしてそうするわけだからそのすごさたるや、進んだ距離なんかあまり関係ないほどだと思う。

あとは前進することのすごさを自覚して、立ち止まったりふり返ったりすることが必要な人や、自分自身のそういう時期について考えてみてほしい。

前進あるのみではない、ということは歩きながらでも考えてみてほしい。

 

 

 

ということで、満を持して、一番言いたいことを書く。

チェブラーシカかわいい。

 

 

チェブラーシカ [DVD]

チェブラーシカ [DVD]