逆に名優じゃない俳優を教えてほしい

 

人間、興味のないものについてはその名の通り受け取るという傾向がある。たぶん心理学的になんとかいう名前が付いている現象だと思う。ついさっきそんなことを思った。

たとえば俳優の演技力について。巷ではよく名演技だとか大根だとか言って俳優の演技を褒めたり貶したりする。しかし名優と言われればそれだけで見る前から名演技をするものとして見ることになるのではないか。その場合、名優と言われるのが先か、名優として活躍するのが先かという卵と鶏のような議論に陥る。映画サイトで↓の画像のキャッチコピーを見てそんなふうに思った。「名優ウィリアム・H・メイシー初監督作品」。

 

f:id:ryryoo22:20150301144032j:plain 名優?

 

よく映画を見に行ったり生のお芝居を見に行ったりするが、僕は一度たりとも俳優の演技力を見抜けたことがない。もちろん、明らかにセリフが言えていなかったり間違えた動きをしたりするのは下手だと分かる。しかし、話が「間」だとか「情感」になってくるともうあやしい。僕にも好きな間、嫌いな間はあるし、情感たっぷりというより抑えめのほうが好みではある。しかしそれはいいわるいの話ではなく好き嫌いの話だと思う。上手い下手ではないと思うのだ。

役者としての存在感というのは意識するかもしれない。めちゃくちゃかっこよかったりきれいだったりかわいかったり、なんだかわからないけど異様に印象深かったり。でもそういうのはそういうので、役者としての巧拙ではなく人間の強度というか輝度というか、上手い下手を超越したなにかが介在しているという気がする。言ってしまえばそれは「持って生まれたもの」の話だ。

役者をしている友人は、演劇を見に行くとよく「あの俳優さんがよかった」「あの女優さんはあんまりだった」というようなことを感想として言う。わりと具体的にあそこのセリフの言い方がとか、あの場面の間のとり方がとかいう話をする。僕は門外漢なのでそういうものかと思ってふんふん聞いているだけだ。役者についての感想はあっても皮相なことしか言えない。あの女優さんかわいかった、あの俳優さん面白かった、とか。

当たり障りのないこと、当たり前のことしか言えないのはつまらなくてつらいけど、思ってもないことを言うよりはましだ。僕だって感想ぐらいはちゃんと言いたい。これでちゃんと言っているかというのは疑問として残るけれども、つもりとしてはそのつもりなので。

で、何の話だったかといえば、俳優の演技について、僕はみんなが言うまま受け取っているという話だ。ジョニーデップが名優だと言われればまあそうなんだろうと思ってジョニーデップをそういう目で見るし、藤原竜也が名優だと言われればそれもそうなんだろうと思う。演技の上手い下手に関して僕はこだわりがない。演劇だったら演劇全体から受ける雰囲気を重視するし、映画だったら話の流れ方やテンポ、画面の気持ちよさを重視する。話の辻褄は最低限あっていれば別に気にしない。辻褄でいうと人物の辻褄があっていないほうが気になる。そんな奴おらへんやろ、そんなパズルのピースのように都合のいい奴、みたいな登場人物が出てくると途端に白けてしまう。ただしその場合はそのキャラクターを演じる役者の演技云々ではなく演出・脚本の不備だと思う。

ただ稀にすこし引っかかりがあるキャラクターでも役者の存在感でカバーしていることがある。脚本で見たり、あとから振り返って考えると明らかにおかしいと思える行動であっても、そういうこともあるかも、と思わせるのは役者の働き以外の何物でもない。

ジョニーデップの「シザーハンズ」、藤原竜也の「カイジ」はそれぞれ寓話、漫画のキャラクターを実際の人間が演じているが、あり得ないような人物に実在感を持たせることに成功している。とくに「シザーハンズ」は映画として成立している以上の出来である。

僕の場合、そういう具体的な実例があってはじめてこの俳優は名優だと実感できるのだが、たとえ実感できなかったとしても、アカデミー主演男優賞なり助演女優賞なりを受賞していれば名優として認識することになるし、もっといえば、映画の宣伝文句で「名優ウィリアム・H・メイシー初監督作品」と謳われればそれをそのまま丸呑みする形で、どこかでウィリアム・H・メイシーの名前を聞けば「演技上手い」という前提で話をするぐらいのことは実際しかねない。

それぐらい印象というのはいい加減なものだし、さまざまなものに関する感想もそういう印象に左右されるということを考えると、ほとんどの感想は根拠らしい根拠もない適当なものなんだと思う。そんなものにいちいち青くなったり黒くなったりしていたら疲れちゃうのでそこはいい加減にしておいて自分の好きを突き詰めるべきだと思いました。

 

あと、思い出した。

ウィリアム・H・メイシー「ファーゴ」のあの一番哀しいおじさんだ。あの「存在すべてこれ悲哀」という特異な存在感はまさに名優の名にふさわしい。見た瞬間に苦労が偲ばれるようなビジュアルはやはり生まれ持ったものだと思う。

 

 

 

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(映画「ファーゴ」より)