「ペスト」アルベール・カミュ【読書感想文】

 

ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

 

 

むかし、世紀末思想というのが流行ったらしい。ノストラダムスの大予言というやつだ。

終末論、人類の滅亡、地球時計、AKIRAエヴァンゲリオンSEKAI NO OWARI、etc…

メメント・モリ的な終わっちゃうよ〜の警告は大衆文化の形でも発揮されていて強い共感を生んだ。しかし考えてみればそれもそのはずというか、「人間いつか死ぬ」というのは最強のヒキを持っている。もっとも簡単でもっとも強い効果をもたらす最強のカードだ。大富豪でいうところのジョーカーである。全員知ってて全員嫌がることをテーマにすればそりゃ全員注目してしまうだろうと思う。大衆文化とメメント・モリ的な考え方は相性が良いのだろう。

よく自己啓発本なんかに一度きりの人生なんだから的理論が展開されているけど、少し毒気を出していえば、あれほど頭を使っている感じにさせて実際には何にも考えさせない言葉はない。自己啓発本の主旨は行動させることで考えさせることではないのだからあれはあれでいいのかもしれない。でもああいうのを読んだ人に「俺考えたんだけど」とか言って話をされるのは退屈すぎるので勘弁してほしいと思う。

それでも自己啓発本の理論はワンステップしている。「終末はいずれ訪れる→だから悔いのないように生きよう」皮肉ではなく立派だと思う。順接が順接として十分機能しているのかあやしいけども。

問題は「終末はいずれ訪れる」で終える奴らだ。

世紀末思想はニヒリズムと似ている。何を言っても「いや、終わっから」で返される。ハリウッド映画が滅亡の危機をなんとかするメンタリティで頑張っているのを横目で見ながら、まあリアル路線で行くと終わりますからね、みたいなスタンスでやっていく。そのやっていく感も含めてこいつらなんなんだろうと思う。めっちゃ得意気に「いや、終わるんだよね」とか言われてもこちらとしては困るしかない。

 

「知ってっから!!!!」

 

正直言って、終わる終わる言ってる奴らが正しいと思う。もっと言うとそういう考えでいる奴らのほうがおもしろいと思う。でもあなたは習わなかったのかもしれないけどそれは各々封印してなきゃいけない決まりがあるんだよと言ってやりたい。「それは言わないお約束」というやつなの。俺はあえてお約束やぶってやるぜとか言う奴は寒すぎる。Rockは格好いいと思うけどそういう人間を量産してしまった罪は重い。本当に「お約束」がわからないモノホンのバカだけがギターを叩っ壊しても許される。でもそういうのは習うことも学ぶこともできない。小利口に「どうせ終わるんだから」とか言う奴はほんまに今すぐ終わってくれ。頼む!

世紀末思想なんていうのは、メメント・モリなんていうのは本当に余計なお世話以外の何ものでもない。理論の皮を被った事実なんだから。そんなものにレゾンデートルもクソもない。

いずれは終りを迎える、だったらどうする? それだけが興味ある疑問だ。

「悔いのないように生きよう」というのはひとつの答えだ。でも今のところ、僕なんかには飛躍に思えてしまう。

「なんとか終わらないようにしよう」これもひとつの回答だ。憧れのヒーローの答えだ。

僕は思うんだけど、だいたいの人は、だったらどうする?の問いに答えを出さないまま、なんとなく生きているような気がしている。だからおもしろいんだと思う。だからだいたいの人は僕をおもしろがらせてくれるんだと思う。当たり前だけどそういう人たちもいずれは自分が死ぬんだということを知っている。でも考えない。自分たちなりの理論を突き詰めた先には「終末はいずれ訪れる」という考えがあることを知っているからなのか、理論を性急に突き詰めようとしない姿勢をキープしているように僕には見える。それは非意志的な努力というか、ようするに生きることなんだなあと深く感じ入るものがある。知っているけど考えないようにする能力というのはきわめて人間的な能力なのではないか。動物にもロボットにもない、その中間のような能力に思える。半端者の矜持というか。にんげんだものというか。

 

カミュの「ペスト」はいわゆるパンデミックものである。ペスト流行により外界から閉鎖された街で奮闘する人びとの話であり、死に至る病を手が届く距離まで接近させながらそれでも生活していく人びとの話だ。なんでもすぐ終わらせようとする人には「終わってる」と思われるであろう状況からさらに進んでいく。いつ終えるともしれない死病の流行、迫り来る具体的な死に不断に影響を受けながらそれでも生きていく人びと。彼らの口から「どうせ終わるから」という言葉は出ない。主人公の医師リウーは「なんとか終わらないようにしよう」と意志的に行動するが、それでもそれを回答として持っているわけではない。その姿勢を習うこと、その態度から学ぶことは「できる」と僕は思う。

「人生は一度しかない、だから、悔いのないように生きる」とは言えなくても、「人生は一度しかない、それはそれとして、生きたりなんかする」とは言ってみてもいいのではないか。言わなくてもいいけど。

「ペスト」を読んでそういうことを思った。

一番印象に残ったのは、ランベールという人物が自分がペストに罹ったと思い込んで街の高台に登って吠える場面。頭ではそんなことをしても意味が無いと思いつつもそれをしないではいられないという差し迫った気持ちが伝わってきた。彼とリウーの対決場面もすごくいい。ただ話をするだけなのに、言葉を交わすだけで人間同士はここまで鋭く対峙できるものなのかと驚嘆すること請け合い。

 

「自分の愛するものから離れさせるなんて値打ちのあるものは、この世になんにもありゃしない。しかもそれでいて、僕もやっぱりそれから離れているんだ、なぜという理由もわからずに」