ドライヤーが爆発する夢の話

よくヘアドライヤーが爆発する夢を見る。僕だけじゃないと思う。

夢といっても寝てる時に見る夢ではなく、起きている時に思い浮かべるイメージのことだ。白昼夢というか。

ヘアドライヤーを使って髪の毛を乾かしていると、毎回、使用中の手に持ったドライヤーが突然爆発する というイメージがやってくる。その迫ってくる予感のリアルさ加減が夜見る夢のようなのだ。

あのビュオーという音を間近に聞きながら、今爆発されたらかなわないな、でも髪の毛を乾かさないといけないからな といって仕方なくあの音を聞き続ける。

なんとなく爆発の規模なども想像して、まあ言っても小規模な爆発だろうから、助かりそうな距離もあれば助かるかどうか微妙な距離もあるんだろうな と思う。そういう微妙な距離感に生死の境を感じながら緊張感をもってドライヤーを動かす。

嫌なのは額のあたりを乾かしているときで、爆発すると目が見えなくなりそうで、あとは痛みをなんとなく想像しやすいこともあって、とくに怖いので気持ち急ぎ目に済ませる。反対に頭頂から後頭部にかけてはけっこう他人事のような感じで、危険度は額の時と変わらないだろうに、わりと気楽な気持ちで落ち着いてドライヤーを動かしている。側頭部は爆発音がうるさそうで怖い。大きい音は苦手だ。

 爆発するイメージはけっこう強めの観念として表われるけど、ドライヤー作業を中断したことは今まで一度もない。感情的にやめたい気持ちになっても理性は爆発なんてするわけないと考えるし、一回中断してしまうとわるい癖になりそうな気がして、そのべつの怖れ、いくぶん現実的な怖れでイメージの恐怖を相殺している観がある。

実際問題、毎回中断するのも面倒でたまらないだろうし。面倒なのは感情も嫌がる。

理性の言い分を聞くと、しょうもないことでビビっているなよ と思わさせられる。そもそもドライヤーが爆発する確率なんて極小、ほとんどゼロのようなものだ。宝くじで6億円当たるより少ないか、ちょっと多いぐらいだ。せいぜい雷に打たれるぐらいのものだろう。

でも感覚的には雷に打たれそうな気がすることはよくあるし、宝くじも買えば当たるだろうと根拠もなく思っている。そこまで考えると理性も「ワンチャンあるぞ」とか言ってくる。僕の理性は射幸心(?)が絡むとまるで役に立たない。

そんなふうにドライヤーが爆発するイメージを持ちながら、なぜ平気でブロウを続けるのか。「今日こそ爆発する」という虫の知らせみたいなものを受信するときにも中断しないのはどうしてなんだろうか。

不思議といえば不思議、でも当たり前といえば当たり前。実際に爆発するまでは爆発なんか絶対しない。

忘れるまでは忘れない っていうのと同じ仕組みなんだと思う。

それか単純に俺たちが命知らずの破天荒野郎 って話か。