ヒッピーハッピーイェー

 

このあいだ、とある奇妙な居酒屋に行って見知らぬ人たちとお酒を飲んだ。

どこか得体の知れないところがあるような人たちだけど、その分、優しそうでもある人たちだった。僕はお酒を飲めば全員友だちと常日頃から考えているので、最初のほうは謎の居酒屋の謎感に緊張していたものの、キリンラガーのビール瓶を二本あけた頃にはすっかり楽しくなって、そのあとは終始ニヤついていた。お酒を飲まない人から見たら、ひょっとすると、僕にも得体の知れない感じが多少はあったかもしれない。

奇妙な居酒屋なだけあって、そういう得体の知れない人間同士が杯を傾け合ってぶつくさ言ったりなんかするのが店の趣旨なのだろうと思うが、その日はひとりだけ異彩を放つ男がいた。外見上はいたって普通なだけにかえって得体の知れない、そんな集まりのなかで、その男だけははっきりヒッピースタイルだった。あの場で、外見と中身が一致している珍しい例だった。若いにもかかわらず、昭和の歌謡曲、アニメの主題歌などをよく知っていて、テンションにまかせて歌ったりすぐやめたりまた歌ったりした。インド産の太鼓なんかも持っていて、叩いたり舐めたりしていた。ロン毛にターバン、正真正銘ヒッピーだった。

 

僕はこれまでヒッピーと話す機会を持ったことがなかったので、好奇心の虜になって、いろいろと質問をかけたりした。日本全国を回っているらしいのでどこが好きだったか訊いてみた。沖縄サイコーと即答。そのすこしあとで、東北はあまり入り込めなかったと言った。ディープそうだとは思ったけど、と言っていた。それを聞いてなんかそれっぽいなと思った。

ヒッピーは、じゃらじゃらと身につけているもの全部、ほかのヒッピーとの交換で手に入れたもので固めてるらしく、それぞれに思い出があると言っていた。でも日本そんなにヒッピーいねえじゃん、どうやってほかのヒッピー見つけるの?と聞くと、イルヨー。オマエタチ、アルクのハヤスギル。オレタチ、アルク、ユックリ。と答えた。ゆっくり歩けば自然と見つかるものらしい。僕はゆっくり歩くことに関しては人後に落ちないと自負していたので、小生もゆっくり歩くでござるよとやってみたら、食い気味に、その百倍!その百倍ゆっくり!と返された。なるほどヒッピーは緩急自在なのだなと感心させられた。彼は会話に飽きたのか、僕の知らない昭和の歌謡曲を歌い出した。周りもしーんとしたので誰も知らない歌だったらしい。彼は歌にくわしすぎて、よく知られていない曲でもかまわず歌うので、その日しばしばそういう沈黙が起こった。ヒッピーの方でもだれも付いてこないとわかるとワンフレーズで切り上げた。それを見てめっちゃ空気読むやんと思った。

そのあとは踊ったり脱いだり寝転んだり喚いたりして、その奇妙な居酒屋特有のオンステージな状態になってしまったので、終電車もあることだしといって店を出た。人一倍やさしそうな店主は普段はこんなじゃないのよと仰っていた。礼儀上、わかってますと答えておいた。

 

終電車のせいでヒッピーに訊きたいことをひとつ聞きそびれた。

ヒッピースタイルやってて飽きたりしないの?と訊いてみたかった。僕も楽しいことには目がないほうなんだけど、飽きっていうのは強敵だとつくづく思わされたりするので。サラリーマン然としたおっさんがヒッピーにむかってしきりにうらやましいなーと呟きかけたりしていて、それを聞かされるヒッピーの表情がなんともいえない感じだったので、追い打ちをかけるようだけどぜひ聞いてみたかった。得体の知れない僕たちはヒッピーのことが珍しいけど、ヒッピーは得体の知れない僕らのことが珍しくもないわけで、僕のかけた質問も、おっさんのうらやましいなーという無邪気な羨望の声も、何百回と応対しているんだろうなと思うと、好奇心の虜としては、そういうのがどんな気持ちのすることなのか知りたくなっちゃうのだった。やっぱり飽きるんじゃないのかな。

 

でもまあ今回いちばん身にしみてわかったことといえば、ヒッピーが選曲した歌が場にハマる瞬間っていうのはとにかく最高だということ。サビで「ガンダーラ、ガンダーラ」いう歌がその日最高の盛り上がりだった。あまり歌を知らない僕でもサビのところは耳にしたことがあったので、肩を組んでいっしょに喚いたりなどした。すごくたのしかった。

ヒッピーは次はインドにいくと言っていた。どこにもいかない僕としては、今度は知っている曲を増やして全部の選曲に乗っかりたいと思った。もしくは、知らない曲でもいい加減に喚いたりなどしていきたい。