「やさしい人」

 

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フランスといえばおしゃれの代名詞である。フランス映画ともなると、これはもうおしゃれの権化である。ミニシアター系の映画の中でもフランス映画はハイセンス加減が半端無く、シネフィル気取りの鉄板である。ミニシアター系の映画館で何を見るか迷ったときにはフランス映画を選んでおけば大外れすることはない。正直ぜんぜん面白くなかったとしても、登場人物がフランス語で会話しているのを2時間ばかり見るというのはそれだけでおしゃれポイントが貯まることなので、見終わったあとはあまり喋らずしかつめらしい顔をしておけばそれでいい。フランス映画サイドでもその辺の事情を汲んでくれて、おもしろくもないけどそれらしい映画というのを量産してくれている。

フランス気鋭の監督ギヨーム・ブラックの「やさしい人(原題:Tonnerre)」はその意味でフランス映画らしくないフランス映画だといえる。主人公の職業が音楽家なのにハゲているから攻めているというのは早計である。フランス人男性はよくハゲることで有名なのでハゲがアクセントにならない。フランス人はハゲていても二枚目でいられる。個人的にはこの一点をもってフランスを文化的先進国とするに足りると思う。主人公も肩にかかるほどのロン毛のヘアスタイルで見事にハゲている。それはもう堂々とハゲている。ここまで堂々とされていてはハゲを気にするこちらが間違っているような気にさせられる。この感覚を味わうためだけでもこの映画を見る価値はあるような気がする。おしゃれとは堂々と自分のスタイルを押し出すことだといっても過言ではないと思う。ここはこの映画のフランス映画らしさが表れているポイントである。

フランス映画らしくないポイントというのは展開および登場人物の心理の「雑さ」である。「やさしい人」はフランス人がアメリカ映画を馬鹿にしてきた要素である「大味さ」を取り入れたフランス映画だといえる。主人公が恋人に去られて激昂し、ピストルを持って恋敵を脅すにいたるまでの展開は思いつきとして唐突でありながら行動は綿密に描かれており、これまでの常識を覆している。これまでの常識では、思いつきにいたるまでは綿密に、実際の行動は唐突にというのがよしとされてきたのでまさにあべこべである。

ストーリーは中年の入り口にさしかかった男と若い女の恋物語以上のものではなく、ガチガチのラブコメである。しかしそれだけではおもしろくないと思ったのか、取ってつけたような暴力事件が足されている。ガチガチのラブコメでも余計なものを足さなければフランス映画として成立するものを、わざわざ雰囲気をぶち壊してしまうところに新しさが垣間見える。その上、ぶち壊した後、もとのロマンス方向に取って返そうとするから全体の雰囲気も掴みにくくなっており、難解なテーマ性〈人生の不条理とそれを受け入れることに付随する希望〉を暗示することになっている。適当だが。

陳腐なストーリーでありながら、しかし、画面に注目する集中は途切れなかった。これはフランス語の響きとフランスの田舎町の景観とフランス人美女の魅力によるところが大きい。というかそれらがこの映画「やさしい人」のほとんどすべてである。そう考えるとこの映画はまぎれもないフランス映画だといえる。

しかし最後のエンドロールで主人公の歌が流れてきたときには思わず吹き出しそうになった。すべてはフリだと言わんばかり、僕にもわかるぐらいのはっきりした英語で歌いあげていた。

新進気鋭のギヨーム・ブラック監督から目が離せない。「やさしい人」という邦題はまったく意味不明*1である。映画のポスタービジュアルと併せると完全に詐欺だと思う。ひどい。

 

 

 

*1:ちょっと考えてみたところ女の目から見た主人公像という説が有力